イチロー選手の引退会見で思うこと
伝わる外見印象創りの専門家、吉川ちひろです。
イチロー選手の引退会見、多くの人がSNSでシェアしたり、それについての感じたことを投稿していました。
私もTVで観て、そして、ネットで文字として全文を読み返しました。
それほど心に染みる言葉がたくさんあったからです。
全文はこちらで読めます
https://www.buzzfeed.com/jp/keiyoshikawa/ichiro
イチロー選手の言葉はアスリートだけでなく、
すべての人に影響や共感を与えるものばかり。
そこで、
私の心に刺さったいくつかの印象的なフレーズを残しておきます。
時事通信
ささやかな誇り
今日のあの舞台に立てたことというのは、去年の5月以降、ゲームに出られない状況になって、その後チームと一緒になって練習を続けてきたんですけど、それを最後まで成し遂げられなければ、今日のこの日はなかったと思うんですよね。
今まで残してきた記録は、いずれ誰かが抜いていくと思うんですけど。去年の5月からシーズン最後の日まで、あの日々はひょっとしたら誰にもできないことかもしれないと、ささやかな誇りを生んだ日々であったんですね。
そのことが、去年の話ですから近いということもあるんですけど。どの記録よりも自分の中では、ほんの少しだけ誇りを持てたことかなと思います。
言葉にすること。
それはここで言えないなぁ…(笑)。ただね、50まで。確かに、最低50までって本当に思っていたし、それは叶わずで。有言不実行の男になってしまったわけですけど、でもその表現をしてこなかったらここまでできなかったかもなという思いもあります。
言葉にすること。難しいかもしれないけど、言葉にして表現することというのは、目標に近づく一つの方法ではないかなというふうに思っています。
重ねることでしか、後悔を生まないということはできない
もちろん、もっとできたことはあると思いますけど、結果を残すために、自分なりに重ねてきたこと。人よりも頑張ったということはとても言えないですが、そんなことは全く無いですけども、自分なりに頑張ってきたということは、はっきり言えるので。
これを重ねてきて、重ねることでしか、後悔を生まないということはできないのではないかなというふうに思います。
あくまでも秤(はかり)は自分のなかにある
生き様というのは、僕にはよくわからないですけど。うーん、まあ生き方というふうに考えれば…。
先程もお話しましたけれど、人より頑張ることなんてとてもできないんですよね。あくまでも、秤(はかり)は自分のなかにある。それで自分なりに秤を使いながら、自分の限界を見ながら、ちょっと超えていくということを繰り返していく。
そうすると、いつの日か「こんな自分になっているんだ」という状態になって。だから、少しずつの積み重ねが、それでしか自分を超えていけないというふうに思うんですよね。
一気に高みに行こうとすると、今の自分の状態とギャップがありすぎて、それが続けられないと僕は考えているので。地道に進むしかない。進むだけではないですね。後退もしながら、ある時は後退しかしない時期もあると思うので。
でも、自分がやると決めたことを信じてやっていく。でもそれは正解とは限らないですよね。間違ったことを続けてしまっていることもあるんですけど。でもそうやって遠回りすることでしか、本当の自分に出会えないというか。そんな気がしているので。
そうやって自分なりに重ねてきたことを、今日のあのゲーム後のファンの方の気持ちですよね。それを見たときに、ひょっとしたらそんなところを見て頂いていたのかなと。それは嬉しかったです。そうだとすればすごく嬉しいし、そうじゃなくても嬉しいです、あれは。
エネルギーのある元気なときに
だから、辛いこと、しんどいことから、逃げたいと思うのは当然のことなんですけど、でもエネルギーのある元気なときに、それに立ち向かっていく。そのことは、すごく、人として重要なことなんではないかなと感じています。
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イチロー選手、本当におつかれさまでした。
野球が大好きなこと、
自分を律する精神力の高さ、
常に成長し続ける姿など
素晴らしいアスリート魂、人間力に
深く感動しました。
1つ1つ丁寧に選んで話す言葉、すべて実行が伴っていて
魂がこもっているものだから、迫力ありました。
これからも自分の道に迷ったとき、つらいときに
読み返していきます。
ありがとうございました。
引退会見の全文はこちらで読めます
こちらから引用させていただきました。
https://www.buzzfeed.com/jp/keiyoshikawa/ichiro